17.11.23 |
備前焼に再挑戦 | |||||||||
本日、新嘗祭(法律上は勤労感謝の日)
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17.11.21 |
木の葉天目(7) | |||||||||
一応それらしいものが出来ました。 | ||||||||||
左の写真は、柿天目釉のテストピースですが、葉っぱが根元と先端部分しか焼きついていません。ほぼ全部が浮いた状態になっていたので、釉薬と反応しなかったということのようです。 すごいのは、1240℃の高温の中で葉っぱ(灰)がこうして形を残していることです。 | ||||||||||
灰の部分に水を少々たらし器側との密着を良くさせました。 次回、この状態でもう一度本焼きをしたいと思います。 | ||||||||||
17.10.29 |
○野さん御用命焼酎サーバー | |||||||||
←○野さんからの御用命を頂いていました焼酎サーバーの成型がやっと終わりました。 | ||||||||||
←当初、備前土で作ろうと思い、沖縄まで出かけて(?)研究を重ね、試作もしてみたのですが、あの渋い落ち着いた色合いのものになりませんでしたし、また焼き締めもうまくいきませんでした。それで、備前土は止めて、いつもの手馴れた土でつくることにしました。 | ||||||||||
←ろくろ作業の最初の姿です。 上から手で叩きながら台に密着させます。 この辺では、心をグッと落ち着かせきれいに作っていくことが肝心です。 なにごとにも、基礎作りは大切です。 どうしても先に先に行きたくなり、この辺の作業がおろそかになりがちで、結局失敗ということになりかねません。今回もこの後に危機的状況が出てきましたが、この辺の基礎作りがやや不適切であったことが原因、と反省しています。 | ||||||||||
←中央にくぼみをつけます。 拳骨で突きながら、またそのことで底を締めながら、くぼみを大きくします。 このあとの作業は、回転の中心が土塊のと一致させるたための土殺しと称する作業になるのですが、久しぶりの作業でうまくいかず、あせってしまって写真を撮る余裕がなくなってしましました。(土殺しの写真はありありません) | ||||||||||
←土殺しの終わった土を引き上げ、口の部分の成型まで終わった状態です。 口の縁はもう少し厚くするつもりでしたが、技量未熟もあって、そうなりませんでした。 蓋がしっくり納まらなければなりませんから、真円になるようにかなり慎重に作業を致しました。 胴体部分は、この状態で適度に乾燥させたあと適度な厚さに削ります。 この段階で大切なことは内側の形をきちんと作ることです。 この内側の形に沿って、厚みが均一になるように外側を削りますから、内側の形がすなわち全体の形になる訳です。したがって、内側の形をきちんと作るのは大切だということになります。 | ||||||||||
17.8.18 |
瀬戸行き | |||||||||
万博会場を横目で見ながら、大変厳しい残暑の中、瀬戸市内にある工芸館や郊外にある愛知県陶磁資料館を見て回りました。
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17.8.13 |
久々の作陶(で、小手試し) | |||||||||
4月末に作業をして以来、機会がなくて3ヶ月が経ってしまいました。 本日は、大○さんから依頼されている焼酎サーバーに取り掛かるために作業場へ。備前の土を持参して行きましたが、当日、来られていた西○さんと話をしたら、備前の土は低めの温度で焼かないとうまくいかないとの御宣託。したがって、本日備前の土による作陶については、大物を作るのはは止めて小物で試行をすることにしました。(大○さん、もうちょっと待ってくださいね。) そういうことで、今日は久々の作陶ということもありましたし、小手試しをすることにしました。 作ったものは、 ・備前土でグラスを2個(うまくいけば焼酎サーバーのセット用) ・梅干入れの壷 ・大き目の鉢 ・(得意の)アジサイの葉型の皿6枚 写真を撮り忘れましたが、概ね思い通りに作れました。 3ヶ月のブランクがありましたが、体が覚えていてくれました。 体君ありがとう。 | ||||||||||
17.7.5 |
やちむんの里(読谷/沖縄) | |||||||||
「やちむん」というのは「やきもの」のうちなーぐち(沖縄弁)です。 沖縄の焼き物は、那覇市内にある壷屋地区がその中心ですが、公害問題があって、ある時期に読谷村へ窯を移動したということだそうです。現在も壷屋には作陶の作業場と電気窯などの小型の窯を使った作業場は残っておりますが、登り窯などの大作業を必要とするものが読谷村に移ったということです。 そういうことで、このやちむんの里には登り窯が3〜4基、作業場が10軒近くあります。 エリアの中央付近に共同で使用する登り窯があり、その周囲を囲むようにして作陶場が建てられています。真上から射しつける日光を薄くなった頭に受けながら一軒づつ見て回りました。 | ||||||||||
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沖縄の焼き物は、赤い土に白化粧土を掛け、掻き落としで模様を描くというのが基本になっています。例のおさかなの絵柄の器、あれです。 まず、白化粧土の掛け方ですが、思ったよりたっぷりと掛けています。茶碗などの器の場合、バケツに入れた化粧土を時々篩(ふるい)でかき混ぜながら、生乾きの器にひしゃくで入れ、器を回しながら化粧土をバケツに落とす、という作業です。化粧土は、これまでも使ったことがありますが、私の感覚ではあれほどたっぷりかけると、水分で崩れてしまいます。聞けば、やはり化粧土を掛ける時期が肝心であるということです。かって、私の先生から教えていただいたのですが、表面の一部(器の縁など)がうっすらと白くなる頃がその適した時期だそうです。また、器も薄くてはだめで厚さもそこそこないといけません。それと、作業場を見て感じたのですが、沖縄の気候を利用して一気に乾燥させているというのもポイントかもしれません。 もうひとつ、これは登り窯の場合は概ねそうかもしれませんが、素焼きをせず釉薬掛け(生掛け)し、すぐに焼成作業に入るという点です。かって、シーサーを作った時に、素焼きをしないと教えられ、一応言われるままにそうしたのですが、特に凝った釉薬の作業をしなければこれで良い訳です。 登り窯で焼く場合はもう一つの意味があって、経費(時間も含む)の問題がある訳です。1回のオペレーションで数トンの薪と、準備・後片付け・補修整備等を含めると数週間の作業時間が必要となります。したがって、できればこれを一回でやってしまおうということなのです。話を聞いて、うーんなるほど、でした。(やちむんの里で、一人で窯を運営している方(知花さん)がおられまして、窯をオペレートするのは、年に2回だそうです。経費も大変でしょうが、一発勝負という点で精神的にも大変でしょうなぁ。) 今、焼酎サーバーをいくつか作っている最中ですが、泡盛の甕についてあちこちで聞いたり触ったりしてきました。 泡盛の甕に使用する土は、備前系の南部(沖縄)の土だそうです。そして、焼成は還元で行なう必要があり、酸化で焼くと漏れる、そうです。(これは、先の知花さんに聞きました) 実際の物を売っているところ(壷屋)で、甕の中を触ってみると釉薬が掛かっているものと掛かっていないものがあります。店の方の話では、出荷の際に、水漏れ試験を行なうそうですが、そこの店頭でもおこなっているようでして、店の方が甕を手にして「これは、漏るようですから(工場に)持っていきます」などと言っておられました。甕は、漏らない事が最低限の性能ですから、内部に釉薬を掛けたりなどのこともあるようです。 なかで、気に入ったのは、表面にうっすらと光沢のある甕でした。聞けば、マンガンを吹き付けてあるとのことでした。マンガンを溶いて、霧吹きで吹き付けるのでしょうか。 沖縄の焼き物は、基本的には益子焼きと同様、生活雑器です。よく言えば気の置けない奔放な作品になっています。この点、有田焼きなどと好対照です。 こうして現場を見て回ると、相当なエネルギーを投じての作業なのですが、物の出来上がりが(私には)残念ながら少し雑に見えます。それがいいという見方も出来る訳ですから、私は良くないというつもりではなく、惜しいと思うのです。どうも、なんとなく大量生産をしているような気がしました。 というのが、このやちむんの里の中にギャラリーと喫茶を兼ねた店がありまして、休憩がてら作品をみたのですが、品のあるすばらしいものがたくさん展示してあったからです。店の方に聞けば、やはり、沖縄の各地を見て回ってよいものを厳選しているそうです。そしてこれらを作った陶工の大体の方が、すぐにOKしてくれないのだそうです。つまり、売り手市場になっている。自信作を読谷の田舎になんか置きたくないということではないでしょうか。いずれにせよ、このように沖縄風の良い作品が相当あるということです。 以上、やちむんの里もこういう方向に進めばよいのになぁ、というおせっかいでした。 なお、このギャラリーの店主さんもなかなか品のあるおばぁでしたよ。 | ||||||||||
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17.6.14 |
清嘉堂文庫美術館 | |||||||||
世界に三客しかないという耀変天目の茶碗を見たいと思い、出かけて参りました。 しかし残念ながら、その茶碗をみることは出来ませんでした。係の方に聞けば「展示は昨年秋に終わりました。今年の予定はありません」とのこと。年中展示してあるのかと思っていたら、テーマを決めて収蔵品の中からいくつかを展示する、ということだそうです。つまり、一度に展示できないほどの美術品が収蔵されているということなのです。 (ちなみに、この美術館は、三菱の第二代社長岩崎彌之助と第四代社長の小彌太が設立したもので、現在、国宝7点、重文82点を含む20万冊の古典籍と5000点の東洋古美術品が収蔵されている、そうです。(パンフより)) 当日は、「京の焼き物」というテーマで、主として江戸時代に京都で作られた作品が展示されておりました。 耀変天目の茶碗は見ることが出来ませんでしたが、作品を見ながら感じたことを3点ほど記します。 1 展示品「白鷺茶香炉」(野々村仁清) 今回の展示の象徴的な作品であり、最も目立つところに展示されておりました。 大きさは高さ30センチほどで、白鷺が座ったような姿で首とくちばしを天に向かってスーッと伸ばしています。胴体の部分が香炉になっております。 基調の色は、ややくすんだ白です。くちばしがこれまたくすんだエンジ系の紅、目は茶系の黒に見えました。(正しくはどう表現すればよいのでしょうか。) 姿も美しいし、色合いも全体に控えめなで、大変美しいものでした。また、目がぽってりとした点で画いてあり、なんだか埴輪の顔を思い起こさせるものでした。 普通、専門家が良いものだと言うから、あるいはお金に換算して高い値がついているから、良いものだろうというような思考になるのですが、この作品はただ見ただけで、いいなあ、と思いました。思わず、しばしの間ためしすかしつ見入ってしまいました。 2 その他の香炉の展示品 香炉といっても様々なものがありました。 特に引き込まれたのが、コタツをかたどった香炉。 人がコタツに入っていて肩から上付近を出してこちらを見ているという情景が形作られています。コタツの上におかれたお盆と茶器が蓋になっていて、そこから香を出し入れするようになっています。コタツ布団もそれらしく作られており、布団の柄も布団のしわに合わせて丁寧に画いてあります。 感じたのは、職人の遊び心とそれを期待し、評価した当時の人たちのこれまた遊び心。根付、刀の鍔、紋章、着物の柄、兜の飾り・・・江戸時代のこういうものには、遊び心が満ち満ちています。物的な生活環境自体は、今と比べると様々な面で劣りますが、こういう精神生活では今と比べるとものすごく優れていたように思います。時間もゆったりと流れ、ゆとりに満ちていたのだと思います。 当時の人と今の人とどちらが幸せなのだろうか。 つい考えてしまいました。 3 分限者(ぶげんしゃ)の必要性 金持ちは必要です。 私たちは、「平等」という観念に毒されています。戦後、特にそれが強くなりました。この結果、金持ちであることも許せないというわけで、累進課税や相続税という税制を編み出しました。金持ちの輩出を防止する、ねたみとひがみの税制であるばかりでなく、こうすることで乱暴な言い方ですが、突出した金持ちがいなくなり、皆が等しく貧乏になるわけです。 一方金持ちの存在は、それを目標にした競争が生まれ、したがって活性化した社会となります。 そして、もうひとつ大事なこと。 このような美術品を収集し保存するような良いことをやってくれるわけです。(そういえば、下関の料亭「みもすそ川別館」にも私的に収集された美術品がうなっておりました。) その他の文化、芸術などの分野でもそうですが、こういうことは大金持ちや権力者でないとなかなかできません。ややもすると、これらは悪であるという誤った捉え方がされますが、結果として、冒頭の白鷺香炉のような名品が生まれ、大切に伝えられ、そして当時も後世も私たちの精神生活が豊かなものにするわけです。 もちろんがめついだけの金持ちでは困りますが、金持ちに対してこのような評価をすれば、金持ちだってひたすらがめつくなろうなんて思わなくなるはずです。 金持ちを大切に高く評価しましょう。 できれば、このように評価されるような金持ちになりたいものですけど。 | ||||||||||
17.5.27 |
有田行 | |||||||||
海軍記念日、有田町に参りました。 | ||||||||||
17.4.23 |
景 色 | |||||||||
景色というのは、釉薬などの掛かり具合が異なることによって抹茶茶碗の側面などに出た模様のことです。 | ||||||||||
17.4.23 |
木の葉天目に接近(6) | |||||||||
今回は、柿天目という釉薬を使用しました。
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17.4.9 |
木の葉天目に接近(5) | |||||||||
なんとなくそれらしいものができました。
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17.3.26 |
木の葉天目に接近(4) | |||||||||
木の葉天目に挑戦中ですが、なかなか上手く行きません。
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17.3.19 |
作業効率 | |||||||||
以前、安芸の宮島に行った折に、当地の宮島焼きの作業場を見せてもらいました。2人の職人さんがろくろの前に座って作業をしておられました。 | ||||||||||
17.2.25 |
焼酎の正しい飲み方 | |||||||||
大先輩の○野さんから、焼酎サーバーの注文がありました。 | ||||||||||
17.1.29 |
焼酎サーバー(2) | |||||||||
本日、久しぶりに作業場へ。 お昼ごろからサーバー×1、グラス×4(うち2個は蓋付き、取っ手付き)。 蓋も含めて一日で全て完成させるために、結局夜8時頃までかかりました。 出来合いは、「可」のレベル。 ある程度の大きさのものは、2日がかり位でゆっくりやらないと良くないですね。気が焦るし、乾燥がほどほどでない(柔らかすぎる)状態で削り始めたりするのでので、無理が来ます。例えば、芯が一応綺麗に取れていたのに、まだ柔らかいうちに削り始めるからボデイに変形が来て芯がずれてしまい、全体が微妙に歪んでくる、などです。 せいてはことをしそんじる 土とのお付き合いですから、ゆったりとして気持ちでゆっくりとやらんといかんですねぇ。 | ||||||||||
17.1.21 | 備前にて | |||||||||
中国地方への出張の帰りに、岡山で途中下車しました。 あの備前焼きを本場で沢山見ようということです。ただし、窯元に行くほどの時間がなかったので岡山市内にある県の物産センターとか陶器屋さんを見て歩きました。 以下、所見。 素朴な肌合いというのは良いと思うのですが、なんとなくしっくり行かない。それは、形になんとなくわざとらしさがあるように感じるからです。いわゆる民芸風というやつ。美しく作れるはずなのに下手に作ってある。手作り風を装っているように思えるのです。 なんか、一生懸命でない。 極端ですが、こっちを馬鹿にしている。 備前のよさは、凛とした美しさを持ちながら一歩後ろに引いているというところにあるのではないかと思いますが、みなさんいかがですか。 この点、いただき物ですが左の写真、ぐい飲みですが良いと思います。シンプルな形もよいですし、縁に薄く付いた釉もいい。 なお、この日は、ついでに岡山城・偕楽園を外からざっと見てきました。岡山城の川べりにそびえる姿は中々立派でした。ただし、完全再建(鉄筋コンクリート)。 お城は、やっぱり「松本城」につきる。 | ||||||||||
17.1.15 | 箱作り | |||||||||
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