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20.1.20 |
橋をかける/美智子/すえもりブックス | |
この本は皇后陛下が1998年9月21日、インドで開かれていた国際児童図書評議会(Iiternational
Broad on Books for Young People;IBBY)での本会議において行なわれた基調講演(ビデオによる)を収録したものです。 |
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20.1.9 |
再現南京戦/東中野修道/草思社 | |
昭和12年の南京攻略戦の過程でいわゆる南京大虐殺という事件が我が陸軍の手によって引き起こされ、30万人の南京在住の中国市民が虐殺されたということが言われております。全くの事実無根、国民党中央宣伝部の手になる作り話です。 戦争ですから、巻き込まれたりあるいは極く一部の不心得な兵隊による乱暴狼藉があったとは思います。しかし、それはいうところの大虐殺というものではなく、(語弊があるかもしれませんが)通常あり得る範囲のものでしかありませんでした。このことは、今やほとんど証明されていると考えられますが、このことを我が陸軍の将兵が実にこまめにしたためた戦闘詳報、陣中日記などを基にして南京戦というものがいかなる戦いであったかを、いわば再構成したのがこの本です。(海上自衛隊が演習後にやっているリコンストラクション作業(略称リコン)と同じです。リコンでは、敵味方のログや合戦図を持ち寄って戦闘の状況を机上に再現し、採用された戦術や指揮官の判断の適否の評価や、各種のデータの統計などが行われます。) 著者は、18年の永きにわたって南京戦を専門に研究されている東中野修道氏で、大虐殺といわれるようなことは無かったということを、これまでとは別の視点で証明してくれている訳です。 これを読みますと、本当に我軍は、卑怯千万かつ無統制なシナ軍に対して、苦労しながら整斉とまた正々堂々と戦っているということが良く分かります。 少なからぬ被害が双方に出て、また、我軍にいわゆる大虐殺の汚名が着せられることになった根本の原因は南京防衛部隊総指揮官である唐生智の、戦闘開始直後の城外逃亡にありました。彼は、部隊に対して「適宜城外に逃げよ」という指示を残して部隊を置き去りにしたことから、シナ将兵は大混乱に陥りました。城外への逃亡を図るもの、城内の民間人のための安全地域に軍服を脱いで潜入するもの、降伏するもの、その一方で我軍と交戦するもの、降伏した思えば再び交戦するもの‥とにかく混乱のきわみであったわけです。 しかし、それでも我軍は実に立派な戦いぶりを示したと思います。戦闘詳報を書きながら、陣中日記を纏めながら、です。これらの膨大な記録によって再構成された南京戦の状況から、大虐殺という事象を見出すことはできません。 この本の中から、関心を持った箇所を抜書きします。 捕虜の処刑は行われておりました。今の感覚で言えば、無抵抗の捕虜を殺すなんて‥、という感覚ですが、そうではありません。上記のような状況が戦場の常態なのです。したがって、ハーグ戦争法規第8条(処罰)「総(すべ)て不従順の行為あるときは、俘虜に対し必要なる厳重手段を施すことを得」という条項が適用可能であれば、それはもちろん不当ではありません。また、次のような解釈もされています。
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20.1.5 |
なぜ中国人、韓国人に媚びるのか/井沢元彦/小学館 | |
要は、日本人が東京裁判史観に侵されていてそこから脱却できずにおり、中国・韓国にたいする贖罪意識を強く持たされたまままでいるから、ということです。
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19.12.20 |
甘粕大尉/角田房子/中公文庫 | |
古本屋でふと目にとまった本です。題名と著者の名前に惹かれました。(表紙の写真(完成直後の満州国政府庁舎)にも惹かれました。) 読み終わって、著者の調査力と構成力に脱帽の感を抱きました。 著者は、ウイキペディアによりますと、 「大正3年(1914)東京生まれ。福岡女学院専攻科卒業後、ソルボンヌ大学へ留学。第二次世界大戦勃発により帰国し、戦後に夫の転勤に伴って再度渡仏。1960年代より執筆活動を開始。精力的な取材と綿密な検証に基づくノンフィクション文学を数多く手掛ける。日本人のあるべき姿を追い求め、歴史への問いかけを続けている。(作品は)平和な時代に生きる日本人に、日本人としてのアイデンティティーを強く意識させるものとなっている。」 となっております。(全くそのとおりです。) 本当に真摯な態度で、重みのある、読み応えのある作品を書かれていると思います。この方の著作の際のスタンスは、曽野綾子さんの「ある神話の背景−沖縄・渡嘉敷島の集団自決−」の場合と全く同じです。余計な推定は加えず、あくまで客観的な事実を積み上げて行くという態度です。安心して読み進めます。 さて、甘粕大尉のこと。 読後に感じた人物像は、「白州次郎」です。二人に共通しているのはまず「異能の人である」ということ。その上に、国家に尽くし国家に殉じようとする「精神性の高さ」があると思います。著者は、あとがきの中でこう書きます。(上に書いた著者のスタンスに関する部分も含めて、少し長いですが引用します。) <引用> 大杉ら三人の殺害事件(*下注)の真相を突き止めようと私はできるだけの努力をした。その結果、今日甘粕を語る資格を持つ人たちの間で確信されている「甘粕の意思による殺人ではなかった」という説を裏付ける傍証、心証は数え切れないほど集まった。だが、確証と呼ぶべきものはついに得られなかった。 私はこの一篇の中にフィクションをはさむことは許されないと考えているので、そこまでで筆を止めた。 私が甘粕伝を書いた目的は、大杉事件の謎解きではない。"忠君愛国"を日本人の至上の目標として教え込まれた時代の。真っ正直な日本人の典型と思われる甘粕正彦の奇跡を追いたかったのだ。"忠君愛国"を、うむを言わせずたたきこまれたのは軍人だけではなく、日本人全部が、これに従順であるにせよ、反撥するにせよ、この堅い土台の上でさまざまな反応を示してきた。 その中で、甘粕は迷わず生きた男である。私は、その生き方が最も正しいと信じられていた時代の中で、甘粕をとらえていた。今日、彼の生き方は否定するほか無い。しかし今日の目で、愚かだの、哀れだの、間違っていたといったのでは、実態は所在不明になってしまう。甘粕はあくまで、彼が自決した昭和20年8月までの人間である。時代もまた同様で、それらの条件は動かせない。 甘粕は"天皇と一体である国家に身命をを捧げる"という目標に目を据えた。そして、その遂行のためには無計算に過重な義務を自分に課し、緊張の中に身を置くことで、初めて生きがいを感じ、体(たい)が決まった。これは彼が生きた時代の日本人の、いわば模範的な型であったろう。甘粕ほど自分を酷使した人間を、私は他に知らない。彼の自己酷使と、彼の時代、思考、行為などが結びつくと、一種の悪魔的な姿になる。しかし洗いぬいたあとに残るストイシズムは、彼と私との唯一の心のふれあいといえるのかもしれない。 <引用終> (*注)関東大震災直後、無政府主義者大杉栄、その妻伊藤野枝及び7歳になる伊藤の甥、橘宗一が東京憲兵隊麹町憲兵分隊で殺害された事件。甘粕大尉がその犯人とされている。 含蓄のある、本当に共感を覚える喜寿yつです。これ以上付け加えることはありません。 大変良い本でした。もう一度読んでも良いと思います。 左の写真は満州時代の甘粕です。どんな顔をしているのか大変興味があったのでネット上で探しました。もう少しきつい顔立ちをしているのかと思っていましたら、比較的普通のおじさん風でした。
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19.12.15 |
驕れる白人と闘うための日本近代史/松原久子/文芸春秋 | |
この本は、もともと松原久子という方がドイツ語で書かれたものでして、それが日本向けに邦訳されました。松原さんは、外国で貶められ続ける日本を掩護(えんご)するために、敢然として白人社会に向けて著された訳です。 なお、今日は「威丈高」の正しい読み方を覚えました。「いじょうだか」とばっかり思っておりまして、パソコンがなかなか変換しないのでおかしいと思っていたら「いだけだか」でした。歴史の前に国語の勉強が必要なようです。反省。
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19.11.19 |
女子の本懐/小池百合子/文春新書 | |
話題の本ということで、同僚が貸してくれましたので、ざっと読んでみました。 この本の記述にも何回か出てきますが、小池さんは関係者(国会)の中では、「また小池が‥」という風に思われているようです。やるべき仕事の核心の部分からは離れたところでのパフォーマンスで評価を取ろうというスタンスが強いからのように思えます。つまり、受け狙いが多いということだろうと思います。 さて、本の内容は、55日間の防衛大臣日記というもので、話題の守屋元次官との関係についても触れられていますが、なにかアリバイ作りのような気もします。また、あれをやったこれをやったという政治家の自己主張記録のようにも思えます。 そして一番最後のところで、私はガックリきました。こう書いてあるのです。 ここでいう「百戦」の本来の意味合いは、もちろん「例え百戦しても」という意味ですから、「百戦」を起こすことは想定されていません。だから「百戦」という言葉を、起こすという言葉の目的語に持ってくるのはおかしいと思います。(私は平和主義者よと、言いながら逃げているようにも聞こえて、私は嫌ですね。) つまり、「女子の本懐」という本の表紙に掲げられた言葉も変だし、一番最後の行の言葉使いも変な訳でして、この方もまた防衛大臣には不適の方だったなぁ、と思いました。
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19.8.19 |
アメリカの新国家戦略が日本を襲う/日高義樹/徳間書店 | |
知人に薦められて読みました。 数箇所、非常に参考になるところがありましたが、総じて琴線に触れることが少ない本でした。 論旨は次のようなことであると理解しました。 「冷戦が終わり、世界情勢は大きく変わった。このことを象徴するのが9.11であり、具体的にはテロの攻勢である。このため、アメリカは自国(本土)防衛に高い優先度を置くようになった。日本に関してこのことを見ると、冷戦の期間中日本は東側陣営に対する防波堤としての位置づけであったのが、その意義が失なわれ、米国にとって必ずしも重要な国ではなくなった。従って、日米安保条約の存在の意味も失われつつある。ところが、日本政府はそのことをまったく理解していない。政府はこの情勢をしっかりと認識し、しかるべく政治の仕組みを変えるべきである。」 著者が力説する、世界情勢特にアメリカの考え方の変化及びそれに応じた日本の対応の鈍さについては、そのとおりと思います。しかし、最終章に述べられている、「ではどうするのか」という対案がどうもピリッとしていません。 私事ですが、現役の頃、課題答申と称してたびたび論文を作成させられましたが、私の書いた論文に対してある上司が非常に適切な評価をしてくれました。「お前のは、結論が無い。これじゃ起承転結ではなくて、起承転転だ。」 著者も失礼ながら、最後の提言の部分が極端に弱く、同じ評価になりそうです。自分のことを棚に上げて言うのはなんですが、「我かく思う、故にかくあるべし」というのがないということです。著者は、テレビ番組などにも良く出ておられ、米国・米軍内に大変強力な情報網をもっておられますが、それらを元にその得られた情報を咀嚼して、だからこうだ、というところにまでまとめきれてないのではないでしょうか。 200ページにも及ぶ米国情報を元にして導き出されたものが、 「日本の政治は変わらなければならず、そのためには、 1政党は(アメリカのように)地元に密着していなければならない。 2他の仕事で成功した人が政治家になる政治環境を作らねば成らない。(金儲けが目的にした政治家の排除) 3(議員は、)選挙民の代表に過ぎないことを認識しなければならない。(今は国会を特別、特殊な場所としており変。)」 ということなのですが、これは‥??? やはり、著者の真骨頂は情報マンであるということのようです。長年の米国生活(30年!)をもとに、米国から発せられるさまざまなシグナルを情報(インフォメーションないしはインテリジェンス)に昇華して日本に向けて提供するということに著者の存在意義が見出せるように思えます。それから先は評論家や政治家などの仕事だということでしょうか。 そしてまさにそのとおり、この著作にはアメリカがどう考えているのかということについて非常に有益な情報が含まれています。 たとえば、「実は米国は日本を重要視してはいない。」という情報。その裏づけとしての小池防衛相や安倍首相の訪米時の処遇。 この本を読んで、なるほどと思ったことを次に記します。 2トランスフォーメーションについて。 |
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19.7.30 |
原爆を投下するまで日本を降伏させるな/鳥居民/草思社 | |
今回の参院選、佐藤正久氏がめでたく当選したのは良いのですが、自民党の惨敗という結果が出ました。この結果を受けて、野党やマスコミの安倍おろしの声が鳴り止みません。選挙のタイミングで噴き出した年金問題、閣僚の失言、政治と金の話、‥どれ一つとっても直接には現安倍首相の責任ではないのに、安倍首相を退陣させようという動きには疑問を感じます。首相としての責任はもちろんありますが、辞めさせるほどではありません。そんなことをいうのなら、民主党だって同じ(か場合によってはもっと大きな)過ちを犯しているじゃないか、と思います。今回の動きから言えることは、民主党や大部分のメディアは己の利益しか考えていないということです。公党とか天下の公器などというカンバンを下ろすべきです。
安倍さんは、これまでにない正統派の宰相として、てきぱきと懸案の法案の整備を進めてきました。今回の選挙では戦後レジームからの脱却を図るのかどうか、我が日本を「美しい国」に戻すのかどうか、などの大論争を期待したのですが、野党が年金問題といういわば禁じ手を使い出したために、極めて格調低い選挙に引きずり下ろされてしまいました。(産経新聞には「『恥』の選挙だ」、とありました。) さて、今回の選挙で安倍さんの足を引っ張ったものの一つに久間前防衛省大臣の、「米国の広島長崎への原爆投下は『しようがない』失言」というのがありました。ほんとに『しようがない』ことだったのか、標記の著書の題名に引かれて読んでみました。 最初、私はこの『しようがない』発言も、例によってマスコミがその部分だけをつまみ食いして騒いだのだと、思っていましたが、発言の全体を読み直してみますと、確かに「原爆が落とされた長崎は、‥しようがない」という文脈になっています。これでは、久間さん完全にアウトです。 アウトの理由として、次の3つくらいが上げられると思います。 1と2は措きまして、私が問題視したいのは3です。 久間さんは「発言」のなかで、次のように言っています。 つまり、久間さんは次のように認識しています。 これらを一言で言えば、次のように言えると思います。 この捉え方は、原爆投下に関する次のような、私たち日本人の一般的な捉え方に通底しています。 さて、例によって前置きが長くなりましたが、この本の著者である鳥居民氏は、 その趣旨は、まさにこの著作のタイトルどおりでありまして、「アメリカは、原爆の威力を実証するために手持ちの2発の原爆を日本の2つの都市に投下し終えるまで日本を降伏させなかった。」のだ、ということです。 つまり、こういうことです。 このように、アメリカにとっては、日本が早期に降伏しないように(つまり原爆を落とし損なわないように)すること、なおかつソ連が参戦する前に原爆を投下すること(そのためにソ連の参戦予定日を知ること)が大変重要な事項になりました。この辺りのことが本書ではリアルに描かれております。 アメリカは、次のようなスケジュールをこなしていきます。 このポッダム宣言についても、降伏を引き伸ばす仕掛けが施されておりました。それは、天皇の処遇についてわざと明言を避け、日本側の判断を遅らせるというものでした。「天皇は安泰」とするとすれば、日本はすぐに降伏してしまうかもしれないという読みであったのです。また最後通牒であるにもかかわらず、公式の外交文書の体裁をとりませんでした。これも、判断を遅らせるためでありました。つまり、原爆を投下するまで絶対に日本を降伏させてはならないということであった訳です。 そして、 以上は、雑駁なまとめですが、久間発言の『しようがない』というくくり方で済ませる内容ではないことは感じていただけたのではないかと思います。戦争の早期終結を望んだからではなく、またソ連の参戦を防ぐためではなく、突き詰めればただただ原爆を落とすことが目的であったのです。それによってアメリカは世界に向けて力を誇示し、覇権を手中にしようとしたのでした。いわば、そのアメリカの野望のために、20万に近い無辜の人たちが一瞬に焼き殺されたのです。このような冷厳、冷徹な国際社会について我々はもっと深く認識すべきです。韓国も中国も北朝鮮も、そればかりではなくあらゆる国がこの延長線上で我々に接しているのです。 まもなく、8月6日・9日、そして15日がやってきます。この日は、慰霊、鎮魂だけではなく、また世界平和などという甘ったるい言葉に酔うのではなく、国際社会の腹黒さを確認する日にすべきだと思います。 本書で述べられていることは、極端であり謀略史観に過ぎないという声もあるかしれません。でも私は、本書が真実にもっとも近いのではないかと思いますね。本書では緻密な論考がなされております。ご興味のある方は、どうぞ本文をあたってください。 著者の最後の指摘が興味深いです(263p)。 もうひとつ、興味深い記述を。 ああ、世界は腹黒い。 |
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19.5.20 |
ウルトラ・ダラー/手嶋龍一/新潮社 | |
雑誌「正論」であったと思いますが、著者の手嶋氏と元外交官の佐藤優氏との対談が掲載されておりました。そのなかで、この本についての話題になりまして、佐藤氏からはこの本の内容の信憑性について、内容はほぼ真実であろうという主旨のコメントがありました。手嶋氏は、暗に肯定する対応をしておりました。その対談からちょっとした知的興奮を覚えたのですが、お二人は、相互の手の内を極めて深いところまで知り合っており、その上でそれを上手にオブラートでくるみながら対談が繰り広げているのです。 具体的な例証はもちろん述べられているわけではありませんが、そういうことが良く伝わってくる内容でした。 なかなか、読みでのある、濃い内容の本でした。
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19.5.5 |
栗林忠道硫黄島からの手紙/文芸春秋/ |
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栗林中将は昭和19年(1944)6月8日に硫黄島に赴任し、翌昭和20年3月26日に戦死されるまでの約10ヶ月間、1万9千人の将兵とともに極めて劣悪な環境の中でその任務を全うされました。 この間、本土との書簡のやりとりは航空便によって行なわれておりました(もちろん、米軍の攻勢が強まるとそれは不可能になります。)が、本書は栗林中将と留守宅との間でやりとりされた書簡を一冊の本にしたものです。 栗林中将は、米軍から見ても猛将として大変な評価をされている軍人であるのですが、これらの手紙に書き表された家族への細やかな愛情からは、一見全くの別人のようにな思いを抱かせます。 ここに載せられた数十通のほとんどの手紙に繰り返し繰り返し書かれているのは、東京に空襲が行なわれるようになった場合の対応要領や早期の疎開を促す説得などなのですが、家族の安全を第一に思う気持ちが本当に良く分かります。また、子だもたちから来た手紙に散見される誤字などの指導をこまめにやっておられます。米軍の猛爆の下にあっても、思うのは家族のことなのです。 いわば公と私をりっぱに並存させておられるということなのですが、当たり前のようですがなかなかできないことだと思います。一般的に、男達は仕事にかまけて(逃げ込んで)家庭の煩わしさから遠ざかろうとする傾向があると思うのですが、中将は全くそうではなかったのですね。(私などは猛省です) この本を読んで、職業人として、家庭人としてその両立を見事に果たした尊敬すべき男の姿を見ました。(再び猛省) |
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